無印良品のぬか床は、一人暮らしの生活を整えるのに丁度いい

この半年間は、一人暮らしの独身者にとって厳しい時期だった。

それまで連日外食を繰り返し、自炊などはるか昔にあきらめていた私は、自炊を要求され困惑した。しかし、生活を変えるきっかけでもあった。東京の外出自粛が一時落ち着いた7月、無印良品のストアでこれまでならその存在に気付くことすらなかった”ぬか床”を手にとった。

ぬか床で漬ける

その日の帰り道、ナスとキュウリを買った。
家につくと、無印良品で買ったシャツも、本当に必要かどうかもわからない何かを入れる容器も、玄関に袋のまま置いて流し台に立ち、ぬか漬けを作り始めた。

無印良品のぬか床は、厚手のビニール袋に入っている。ジッパーを開いて中を見ると、表面は整地されたグラウンドのようにきれいだ。なんとなく触れてはいけない気がして、切った野菜をぽんと置いて人さし指でぐっとおしこんだ。ぬかの量は、それほど多くないので、二欠片くらいそうやって埋め込んだら、表面のスペースはほとんど無くなって、ぬか床の中層より深部へどんどん入れ込んでいかないといけなくなった。
袋の内側とぬかの間に指を縦に入れる。感触が気持ちいい。そのままひっくり返すと、ぬかが、袋の中でぼろぼろ塊になって、表面はぐちゃぐちゃになってしまった。ぬか床には微小の生物が住んでいる。彼らに均等に餌が行き渡るよう気を配りつつ、ナスとキュウリそれぞれ1本分を埋めた。

ぬか漬けを食べる

翌日は、夕方から米を炊いた。ぬか床から漬けたものを取り出す。入れたときの半分くらいにしおれている。野菜の切り口が、深い青い色に変色していて水分を含んでいるのがわかる。「漬かった」と思った。
食卓には、ご飯と味噌汁を用意した。1人暮らし用の2合炊き炊飯器を久しぶりに使う。小さな炊飯器のジャーでは米を研ぐこともできなくて、ざるを使って研いだ。味噌汁は、お椀に液体状の味噌と乾燥海苔とネギを刻んで入れ、そこに電気ケトルで沸かした湯を入れた。ぬか漬けは、切って小皿に丁寧に並べた。食卓を見て、今日はこれで十分だと思った。なんだか厳かな気分になり、いただきますと言ってしまいそうになって、一人暮らしでそんなことは滑稽だと思ってやめた。

スーパーの惣菜では手に入らない。雑味がある。漬かっている部分と漬かっていない部分で食感に違いがある。ナスの皮が歯に擦れる感触。もう何年も食べてこなかった、私たちがよく知っている味。
確かに食べたことがある。幼い頃、祖母がぬか床からキュウリを取り出してきた記憶が蘇る。他にもたくさん料理があるからこんなもの食べないでしょうけど、というようなことを言いながら、切った。自分にもそういう経験がある。その日も漬けた。今度はアスパラガスにした。

翌日、ぬか床に手を入れる。
指先から、生き物の感触が伝わってくる。奥まで指を突っ込んで、アスパラガスを探す。人差し指でひっかくと、指先がアスパラガスの穂先にあたった。持ち上げた手の中で、しなっとうなだれた。

ぬか床のある生活

ぬか床が冷蔵庫にあるということは、私の生活を少し変えた。
ぬか漬けを中心に毎日のおかずを考えるようになる。それは無茶な食事にならないし、量も自然と適切になる。ぬか漬けのために買った野菜を別の料理に使う。ぬか床の乳酸菌が、私の腸内環境も快適にしてくれていると信じている。